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逃げないねこ. 

10匹近く集う、おとなりのねこ。
一年ほどあいさつ運動を励行してきましたが、みんな、ある一定の距離
まで近寄るとサササササーと逃げられます。うまく撮影に成功している
ねこも居るので、こんど距離感を探ってみようと思いますが、その中で、
一匹だけ、離れては寄り、寄っては距離を置くねこを特定しました。

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これは目が合って距離を保っているの図、ですが、わざと違う方向を向く
など、視線を逸らすと足元に寄ってくることを発見しました。恥ずかしいのか?

ねこに挨拶される。 

ねこを見かけた日 、として一年前の記事で触れましたが、
月刊 ねこ新聞 というのがある様なので、購読してみたい
今日この頃です。


当地に戻って一年と少し経ちました。 動物写真家である岩合光昭氏
によれば、人間ではない動物にも挨拶が欠かせない、との事で、
彼らに対しても 逃げられない限り、挨拶を投げかけていた私です。


沼津ねこ近影。
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左端にいるねこに、振り向きざま、「ヨォ!また来たのか?」とでも
言われた感じがします。しかも、ぞんざいに。


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手前にいる雉トラねこは挨拶してくれません。


 


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雉トラはどっかに行ってしまいました。


でも、挨拶をしながらも、暖かい陽射しの中で、まどろみそうな眼差しです。
やっぱりアイサツはおざなりの様です。緑の足拭き、あったかそうです。
まぁ、そうして寝てなさい君らは。

梅、開花。 

 


近隣の地域では雪が降ったりしていますが、当地では気配ぐらいしか残らず、
降雪を見ることもなく大寒を過ぎ、寒さも極致を越えて少しずつ緩む候と言われて
いるのに合わせて、なのか、近所で梅が咲いていました。


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今年の冬は、さすがに昨年とは違うものの、雨が多く、強い西風の吹く日が少ない
ように思いますがどうなんでしょう?当地に戻ってきて1年になりますが、ん十年も
居なかったのであまり評価できず、何とも言えません。


さて、そんなホンの少しだけ近付く春の予感を覚えたかに見える一方、少しウラ寂しい
一面を覗かせるのが次の写真。


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冬枯れの陽水、♪〜氷のセカイぃーー ...もとい、用水にたまり水、映る空と電柱。
5月から9月にかけては田んぼに水を送るためにザバザバと音を立てて流れる
用水も稲刈りが始まる頃には送水をやめ、ただの溝に。


雨が降ると水がたまり、晴れた寒い朝には表面に氷が張る。これも季節の風物詩
でしょうか。 この用水の両脇が緑に染まるまでは、春とは云えない気もしますが、
その頃、また同じ場所で撮ってみたいと思います。

雪が、降った、らしい。 

 


どうやら、当地にも雪が降ったらしいのです。が、積もってません。
屋根にも、車にも、その形跡はないのです。確かに昨晩、雨が降って
おり、天気予報でも「静岡県東部にも雪が云々・・」と言っていた気が
します。


明け方、一部の高度で降り、そして積もったようです。


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写真から推定すると標高256m(ホントに推定)以上では解けずに
残った模様。昨年は昼間、閉めきった車の中では汗ばむぐらいの
陽気の日があったりもしましたが、アレは例外で、今年のように雨
が降り、一部で雪が降る冬を暖冬の典型と言うらしい。


西風が吹く日が少ないのもそのせいか・・・。



新年を迎えることができました。 

さて、平成20年をめでたく迎えることが出来ました。


と、云うのも、12月の29日から体が妙に重く、腕が上がらないほどになっており、
仕事納めのBINGOでお米(5kg)が当たった感動も薄くただただ「重い」としか思いがなく
「良いお年を」と皆々方に声をかける余裕もなく即座に帰宅し、夕食後すぐに就寝。

30日午後には熱が37.6度、続いて大晦日の午前に38.4度と上昇したため、休日当直医院
に駆け込んだところ鼻に綿棒を入れて検査した結果、インフルエンザと診断されて
例のタミフルを処方されて服用し、その時の水銀の目盛り(デジタルは電池切れで
使用できず)の読み方に戸惑いながら38.9度。.....午後は完全に?寝ながらも前後不覚
に陥ってました。

大晦日の夕刻、恒例行事の年越しそばを食べたものの食感だけで味は感じず、食後に
タミフルと解熱剤を服用してすぐに就寝。



年が明けたなんて気概もなく、元旦は朝陽がまぶしい、とだけ感じて平成20年が訪れ、
お雑煮を食べたもののお餅の食感だけしかわからずに食後測った体温は37.5度。
...思わず「下がった下がった7度5分。」でもまだそんな体温、と午後からまた寝ながら、
「何て正月だ」とうなされていたのであります。

そんな訳で、今年のお正月は忘れられないものになるであろう迎春だったのです。


さて、箱根駅伝の二宮、小田原から湯本、塔ノ沢あたりまでTVを見た記憶もあり、
その頃には少し楽になっていたもののあまり記憶がなく、前後不覚は変わらず。


正月三日、お昼過ぎにはフラフラ感もなく前後不覚感からも解放され、「治ったかな?」
と思いながらお昼にダシ味を感じるようになったお雑煮を食べた後、フトンと枕を干しました。ただただインフルエンザウイルスを日光消毒?するために。

しかし倦怠感は抜けず。フトンの移動だけで疲れるので3時過ぎに仕舞い込んで就寝。


そして1月4日昼。
お雑煮の具と年越しで使ったそばで作った建長そば(鎌倉・建長寺の
僧侶が作ったものがオリジナルらしく、建長=けんちん汁が源流か・・・)を食べた後、
こんな事を考えられるようになった後に撮った写真がコレであります。
三が日を過ぎてやっと「新年」哉。

昭和60年の静岡県から。 

今回は昭和60年の記事を掘り起こしたいと思います。

22年前の静岡県。

ちなみに、この方角を向いて現在(2007年)に写真を撮った場合でも、
殆ど風景は同じです。